公募研究

A01 慢性炎症性疾患における炎症細胞社会の確立

炎症細胞社会による心臓恒常性維持と心不全の機序解明

真鍋 一郎
千葉大学 大学院医学研究院 長寿医学

私たちはこれまでに、マクロファージや線維芽細胞が慢性炎症を進める主たる担い手として様々な役割を果たすだけでなく、ストレスへ応答し、組織の恒常性を維持するためにも鍵となることを見いだしてきました。このような多彩な細胞の活動は、遺伝子の発現制御(エピゲノム制御)のダイナミックな変動によってもたらされています。特にマクロファージは、周辺の環境(微小環境)からの情報に応じて、柔軟にその機能を調整し、多様な役割を果たすことが最近分かってきました。マクロファージは周辺の細胞や環境と相互作用することによって、時と場所によって、各々異なった機能を発揮しているはずです。しかし、従来の細胞集団の平均値をみる手法では、個々のマクロファージのダイナミズムが捉えきれませんでした。そこで本研究では、最近急速に進歩してきた単一細胞の遺伝子発現やエピゲノムを解析する技術を活用し、マクロファージならびに線維芽細胞の個々の細胞の変化を捉えるとともに、これらの細胞ならびに、周辺の細胞とのコミュニケーション(炎症細胞社会)を明らかにすることを目的として研究を進めています。本研究では特に心臓を中心に解析することを計画しています。これまでに、心臓組織マクロファージと線維芽細胞の両者が、心臓ストレスへの適切な応答に必要である一方、心不全や加齢に伴う機能異常にも寄与していることを見いだしています。炎症細胞社会がどのように心臓の恒常性を維持し、また、心不全をもたらすかを解析していきます。

RNA機能変化を端緒とした炎症細胞社会学の確立

大塚 基之
東京大学医学部附属病院 消化器内科

消化器系の組織では、原因に関わらず、炎症が慢性的に持続すると、高率にその臓器組織での腫瘍形成を見る(肝臓がん・胃がん・大腸がんなど)。その予防のためには、持続炎症からの発癌機構を解明し、その機序に立脚した介入法を開発することが重要と考えられます。私たちは先行研究で「慢性炎症の刺激が、細胞内の遺伝子発現の調節を司る小分子RNA(microRNA)の機能を全般的に低下させ、その結果 腫瘍が発生する」という、これまで知られていなかった持続炎症に続発する腫瘍の形成メカニズムを明らかにしましたが、その時点では、この現象が炎症の場における個々の細胞レベルでどのように起きているのか、「炎症細胞社会の構成因子」の観点からの詳細な研究はできていませんでした。
本研究では、「炎症細胞社会学の確立」を念頭に、炎症の場における個々の細胞内でのmicroRNA機能を定量的に解析し、炎症の持続過程における時空間的な個々の細胞内のmicroRNAの機能の変化、およびその後の遺伝子発現の量的変化について統合的な解析をすすめることを計画しています。具体的には、microRNA機能を推定するためのレポータートランスジェニックマウスを作製し、このマウスを用いて、DSSによる大腸での慢性炎症惹起による慢性炎症の過程、および慢性炎症から腫瘍形成の過程における各細胞でのmicroRNA機能の変化をレポーター発現によって定量します。それにより、「炎症細胞社会」における個別の細胞内でのmicroRNA機能の変化を明らかにします。
さらに特に慢性炎症に続発する上皮の癌化に注目して、「non-coding RNA の機能から見た炎症細胞社会学とそれによる癌化機構」の概念を確立するとともに、その結果に基づく炎症と腫瘍の科学的な予防法の確立を目ざします。そのために、取得したmicroRNA機能変化の情報と、本領域内の他の研究で取得される慢性炎症の場における一細胞トランスクリプトーム解析の結果を融合した統合解析を行うことで、制御-標的因子の統合を行い microRNA機能を含めた多階層での遺伝子発現制御機構を明らかにしていきたいと思います。
これらの結果を踏まえて、炎症および炎症続発性腫瘍形成の予防法の開発につなげ、最終的には、慢性炎症での未病状態を維持する方策を編み出していきたいと考えています。

【 図1 】
慢性炎症によるmicroRNA機能の低下を一細胞レベルで検討し、統合的な解析を加えたうえで、炎症発癌抑止のための方策を検討する。

腸損傷後の再生起点細胞の道程と関連炎症細胞社会ネットワークの解明

樗木 俊聡
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 生体防御学分野 教授

腸はターンオーバーの早い組織であり、マウスでは3-5日ですべての腸上皮が置き換わる。腸上皮幹細胞(intestinal stem cell, ISC)は腸再生の要として腸陰窩に局在し、持続的に腸上皮細胞を供給することで恒常性を維持している。一方、抗がん剤投与や放射線照射によりISCが死滅すると、さまざまな細胞種が再生の起点となることが報告されているが、再生全体に占める各起点細胞の貢献度や免疫系との相互作用は不明である。
これらの研究背景に基づき、本研究では、腸損傷後の再生に関わる起点細胞の全体像と各細胞種の貢献度をlineage-tracing及びsingle cell RNA seq技術を用いて明らかにする。また起点細胞活性化への影響が予想される免疫系との相互作用を検討することによって、再生時に駆動する炎症細胞社会ネットワークの詳細を解明する。第一に、腸損傷後の再生に関わる起点細胞の全体像をlineage-tracingにより明らかにする。第二に、lineage-tracingの系で明らかになった主たる起点細胞を含む分画を、腸損傷ピーク時に分離精製し、ISC/proliferationマーカー遺伝子群、分泌細胞マーカー遺伝子群、YAP標的遺伝子群の発現レベルをsingle cell RNA sequencing(scRNA seq)で解析する。得られた結果をクラスター解析及び主成分解析に付し、分類された亜集団の中でISC/proliferationマーカー遺伝子群の発現レベルが高い亜集団を選別する。さらに、この主たる起点細胞候補特異的に発現する細胞表面分子を抽出し、主たる起点細胞候補の分離精製を試みる。その後、オルガノイド培養系を用いて起点細胞候補の幹細胞性を評価することにより、主たる起点細胞を特定する。第三に、起点細胞の増殖に重要な炎症刺激分子候補を抽出する。さらにオルガノイド培養系を用いて候補分子の妥当性を検証する。これら一連の研究から得られる成果は、腸損傷後の再生起点細胞の同定にとどまらず、再発と寛解を繰り返す炎症性腸疾患や大腸ガン等慢性疾患おける再生・再発研究への応用が期待できる。

【 図1 】

 

 

ミクログリア活性化のコントロールによる自閉症発症の制御

久保田 義顕
慶應義塾大学医学部 解剖学教室 教授

自閉性障害や統合失調症は、ひとたび罹患すると患者のクオリティー・オブ・ライフは一生涯影響を受けるため、根本的な治療法や予防法を確立することが社会的に求められています。近年、精神神経疾患の発症におけるキープレーヤーとして特に注目を集めているのが、中枢神経系における免疫細胞であるミクログリアです。本来外敵排除のために静止状態で待機しているミクログリアが、何らかの原因で制御不能となった場合、神経に対して危害を及ぼし、精神神経症状が出現すると考えられています。つまり、自閉症などの精神神経障害の少なくとも一部は、大脳における『炎症細胞社会のコントロール不全』と考えることが出来ます。しかしながら、その細胞・分子メカニズムの詳細についてはほぼ未解明のまま残されております。本研究は、血管の異常を期待して作成した新規分子のノックアウトマウスにおいて、血管に異常は全く無い一方、感染や異物が無いにもかかわらずミクログリアが恒常的に活性化され、発生期より脳において持続的な炎症反応がおこり、神経の器質的な傷害とともに、重篤な自閉症様症状を呈する、という知見を足掛かりにします。本研究を通じて、ミクログリアが精神神経疾患の発症・病態の進行にどのように関与しているかを、マウスモデル、ヒトゲノムサンプルの有機的な連携を駆使し、炎症を介する自閉症の発症機構の一端を明らかにします。さらには、自閉症に対する炎症をターゲットとした予防薬の開発、ドラッグリポジショニングによる新規予防戦略の開拓にむけ、その基盤を提供することを目的としております。

【 図1 】

線維化を司る非免疫系環境因子の研究

佐藤 荘
大阪大学 微生物病研究所 助教

100年以上前に発見されたマクロファージは、他の免疫系細胞であるT細胞や樹状細胞とは異なり、発見以来最近まで体内には1種類しかないと考えられてきた。しかし近年、マクロファージは疾患ごとの様々なサブタイプが存在していると考えられ始めている。代表者もこれまでの自身の研究で、アレルギー物質により活性化されるマクロファージサブタイプはJmjd3によるIrf4の発現誘導が重要であること(Satoh, T. et al. Nat. Immunol. 2010; 11: 936-944)、組織常在型マクロファージサブタイプはTrib1によって分化制御を受けているという新規の分化機構を突き止め、この細胞が末梢組織の恒常性維持を担っていること(Satoh, T. et al. NATURE 2013; 495: 524-528)を報告した。このように疾患ごとにマクロファージのサブタイプが存在していると考えられる。

次に、マクロファージサブタイプと疾患との関係性を更に追求するため、次のターゲット疾患として線維症に着目し研究を行った。線維症は肺、肝臓、心臓、腎臓、皮膚等、生命活動に重要な臓器がダメージを受けた結果として弾性を失い、正常に機能しなくなる非常に恐ろしい疾患である。また、線維症を治療するための効果的な薬は未だ作られていない。線維化に関わるマクロファージサブタイプは病気の発症と共に患部に集積すると考え、線維化初期に肺で増えるマクロファージ・単球について解析を行った。その結果、Msr1+Ceacam1+Ly6CMac1+F4/80のマクロファージが線維化の発症と共に著しく患部に集積すること、この細胞が線維化の発症に必須の細胞であることを突き止め、この細胞をSegregated Nucleus Atypical Monocyte (SatM)とした(Satoh, T. et al. Nature.2017; 541:96-101)。しかし、この細胞が患部へ集積するメカニズム、そしてそこで活性化するメカニズムは未だ明らかになっていない。そこで、本計画ではこの命題を調べるために、ブレオマイシンを用いた肺線維症モデルを使って検討を行う。この肺線維症モデルでは抗ガン剤投与により肺組織(非免疫系)の破壊を誘引し、そこから放出される内因性リガンドが引き金となり、免疫応答が開始される。したがって、SatMの様な免疫系細胞の遊走・活性化に関わる分子を産生する非免疫系細胞の研究は線維症の発症メカニズムを解明する上では必要不可欠である。本研究では、この線維症に関わるマクロファージサブタイプの遊走・集積メカニズムを線維化期の非免疫系の研究を進めることにより、線維化発症の初期の病態メカニズムを明らかにすることを目的とする。

自然免疫受容体を介した腸管免疫の制御と全身免疫への影響の解析

代表研究者
岩倉 洋一郎
東京理科大学 生命医科学研究所 実験動物学研究部門 教授

我が国は、世界でも類を見ない長寿国となる一方、今後予想される高齢化社会への急速な移行は、加齢に伴う諸疾患の増加と医療経済の逼迫・破綻を加速させることは明白であり、大きな社会問題となっている。それ故、加齢によって発症頻度が急激に増加する、がん、心疾患、肺炎、脳血管疾患はもとより、免疫系の関与する炎症性疾患やアレルギー、感染症の予防・治療法の開発は喫緊の課題である。本研究は、これらの疾病の新たな治療法、あるいは発症以前の状態(未病状態)に留め置くための方策を開発することにより、「健康寿命」の延伸、および医療経済の改善に寄与することを目指すものである。
我々は、C型レクチンの一つのDectin−1が腸管で発現しており、これが食物中のβグルカンを認識することにより抗菌蛋白質の発現を誘導し、腸内の特定の乳酸菌(Lactobacillus murinus)の増殖を制御していることを見出した(Tang et al., Cell Host & Microbe, 2015)。L. murinusは腸管の樹状細胞(DC)に作用して強力に制御性T細胞(Treg)の分化を誘導させることができ、低分子βグルカンを投与してDectin−1を阻害すると、Tregが増加し、大腸炎を抑制できることを示した。この時、Dectin-1シグナルによってIL-17Fが誘導され(Kamiya et al., Mucosal Immunol., 2018)、IL−17Fが抗菌ペプチドの産生を誘導することにより、Treg分化を誘導することが知られているClostridium cluster XIVaL. murimusの増殖を抑制することがわかった(Tang et al., Nat. Immunol., 2018)。逆にIL-17Fを阻害すると、これらの菌が増殖し、Tregが増えるために、大腸炎が抑制された。また、Dectin-1やDcirなどのC型レクチンが大腸炎や大腸ポリプの発症に関与していることを見出している。本研究では、常在微生物や食品成分によるC型レクチンを介した腸管微生物叢の制御や、これらの微生物による腸管免疫の制御機構を明らかにする。さらに、腸管免疫は炎症性腸疾患の発症や大腸がんなどの発症に深く関与するだけでなく、腎炎や実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)など、他の臓器の炎症にも関与していることが示唆されていることから、腸管免疫が全身免疫に及ぼす影響や抗腫瘍免疫に及ぼす影響などを解析し、機能性食品や治療薬の開発につなげることを目的とする。

【 図1 】

肺線維症を自然発症するマウスを用いた細胞ネットワーク解析

本村 泰隆
理化学研究所 生命医科学研究センター 自然免疫システム研究チーム 研究員

特発性間質肺炎(IIPs)は、原因不明な間質性肺炎の総称であり、特定疾患に指定された難病である。IIPsのなかでも半数を占める特発性肺線維症(IPF)は平均余命3-5年と予後不良であり、未だその病態メカニズムは不明で根治薬も存在しない。これまでにIPFの病態解明に至っていないひとつの要因としてヒトの病態に近いIPFモデル動物が存在しないことが挙げられる。現在最もよく用いられているブレオマイシン誘発性肺線維症モデルは、薬剤に依存することから病態の進行が一過性であり、薬剤の投与を中止することで可逆的に治癒してしまう。そのため慢性的に病態が悪化するヒトIPF病態を反映しているとは言い難く、ヒトの病態を模した新たなIPFモデル動物の樹立が急務とされてきた。
2010年に当研究室が見出した新規リンパ球、2型自然リンパ球(ILC2)は、上皮系の細胞から産生されるIL-25やIL-33などのサイトカインに応答し、2型サイトカインIL-5やIL-13を産生することでアレルギー病態を引き起こす。我々は、アレルギー性疾患におけるILC2の役割を研究する過程で、ILC2の抑制機構を欠失したマウスが肺線維症を自然発症することを見出した。このマウスでみられる線維化は、加齢性に自然発症する、胸膜側から病態が進行する、コラーゲンやペリオスチンの異常な蓄積が見られるなど、ヒトIPFの病態と非常によく酷似していた。また近年、ILC2がIPF患者の肺洗浄液中で増加することが報告され、ILC2の活性化がIPFの病態形成に関わる可能性が強く示唆されていることから、このマウスはIPF研究に有用であると期待される。
本研究計画では、この肺線維症自然発症マウスを用いた肺の経時的なシングルセルRNAシークエンスにより細胞間ネットワーク解析を行うことで、秩序だった正常な肺組織がどのように肺線維化という無秩序な状態へと移行していくのか、そして、その過程でILC2がどのように寄与するのかを解き明かす。また、‘未病期’における変化を捉えることで、IPFの発症を早期に検出可能なバイオマーカー候補を探索し、IPFの診断法および予防法の確立を目指す。

【 図1 】

がん細胞依存性炎症が全身に及ぼす影響の統合的解明

弓本 佳苗
九州大学 生体防御医学研究所 分子医科学分野 特任助教

炎症反応は組織傷害や微生物感染に対する防御機構の1つであるが、近年、がんの発生や悪性化の促進にも関与することが明らかになってきた。炎症性細胞から産生されたサイトカインや増殖因子は発がん促進に作用している。またがん細胞は、本来がん細胞自身を排除するための生体応答である炎症反応を乗っ取り、炎症性細胞を自身の周囲にリクルートして“がんニッチ”を形成し、増殖・浸潤等の自己の悪性化に利用している。さらに、がん原発から産生された炎症性サイトカイン等の液性因子は、原発組織にとどまらず血流等を介して全身に影響し、がん細胞が転移する前に、転移先で生着・増殖しやすいように環境(=“前転移ニッチ”)を整えている。われわれはこれまでに、腫瘍を移植すると末梢血において種々のサイトカインの変動がおこること、また、この変動ががん転移先の炎症性細胞(MDSCs: myeloid derived suppressor cells)による肺(転移先)での転移ニッチ形成に影響を与えることを示してきた [Yumimoto et al., J. Clin. Invest. (2015); Yumimoto & Nakayama, Oncoimmunology (2015)]。
がん細胞は血流を介した全身性の炎症を通じて前転移ニッチ形成を促進するにもかかわらず、がん転移が起こる臓器は限られており、がん細胞によりその傾向は異なる。本研究では、がん細胞が出すがんニッチ形成シグナルを探索し、またそのシグナルについて、転移する臓器(=前転移ニッチが形成される)および転移しない臓器(=前転移ニッチが形成されない)への影響を見ることにより、がん転移の臓器指向性がどのように決定されるかについて解明を試みる。また、前転移ニッチを早期に描出するシステムを構築することにより、がん転移の早期発見・ひいては予防へつなげることを目指す。

【 図 】

死細胞を中心とした炎症細胞社会の時空間的同定と炎症抑制機構の解析

今川 佑介
大阪国際がんセンター研究所 分子細胞生物学部 主任研究員

非感染性の炎症である自然炎症は、死細胞、特に細胞膜が破綻したネクローシス細胞から放出される自己由来のリガンド(内因性リガンド)が原因となって引き起こされると考えられている。しかし、生体内(組織内)において死細胞からどのように炎症反応が惹起され、伝播し、遷延化していくのか、そのメカニズムはよくわかっていない。本研究計画では、独自に開発した死細胞のin vivoイメージング技術を利用し、死細胞を起点とした炎症シグナルの広がりを、組織内で時空間的に捉えることで、炎症が伝播していく仕組みを理解する。また近年、制御されたネクローシス型細胞死の存在が知られているが、その実行経路は様々である。そこで、ネクローシスの種類(実行経路の違い)によって炎症を惹起する能力に違いがあるのかを検証し、炎症を惹起する細胞死としない細胞死の比較から、自然炎症を抑制するメカニズムを明らかにし、炎症を予防制御する方法を探る。

【 図1 】

A02 環境因子による制御と分子標的予防の確立

アレルギーの予防を志向した脂質環境整備に基づく炎症細胞社会の統制機序の解明

村上 誠
東京大学 医学系研 教授 

環境因子に対する皮膚バリアの撹乱により細菌毒素や異物抗原が過度に経皮侵入すると2型免疫が活性化し、難治性の慢性皮膚疾患であるアトピー性皮膚炎へと進展するとともに、遠隔臓器に鼻炎、喘息などの慢性アレルギー疾患を招く(アレルギーマーチ)。したがって、皮膚バリアの適切な統制はアレルギー疾患の予防を考える上で喫緊の課題である。本研究は脂質の視点からこの課題にアプローチする。脂質の量的・質的変化は生体防御を司る炎症細胞社会に多大な影響を及ぼす。本研究の目的は、脂質をキーワードに皮膚バリアの恒常性(未病)からその破綻(遷延化)、更には慢性アレルギー病態(不可逆化)へと移行するプロセスの分子機構を明らかにし、これを理論背景に脂質環境整備を基盤としたアレルギーの分子予防制御に関する新規概念を創成することである。本研究グループはこれまでに脂質代謝のボトルネック酵素であるPLA2分子群により動員される疾患固有の脂質代謝とその生物学的意義を解明してきたが、本研究ではこのアプローチを炎症細胞社会に展開し、特に機能性脂質による表皮起源の免疫応答とマスト細胞微小環境の制御に焦点を当てる。本過程に関わる組織微小環境の状態変化を定量的・定性的な情報として収集・統合し、脂質代謝を基盤に炎症細胞社会学における新規概念の創出を目指す。

  1. 村上誠、武富芳隆. 脂質によるマスト細胞の制御とアレルギー. 医学のあゆみ. 265 (9), 773-778, 2018
  2. 村上誠、佐藤弘泰、武富芳隆、平林哲也. ホスホリパーゼA2ファミリーによるリポクオリティ制御. 実験医学. 36 (10), 1623-1630, 2018
  3. 村上誠,木原章雄. 脂質による皮膚バリア形成と疾患制御. 実験医学. 36 (10), 1730-1737, 2018

光遺伝学的手法による局所的に出現した変異細胞の炎症細胞社会における意義解明

高山 和雄
大阪大学 大学院薬学研究科 分子生物学分野 助教

慢性炎症は繊維症や癌発症に繋がる重大な危険因子です。近年の1細胞解析技術の飛躍的な進歩により、1細胞レベルでの慢性炎症の解明が進展しています。1細胞レベルのゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム解析技術等を用いて炎症細胞社会を順遺伝学的に理解する研究は精力的に実施されていますが、1細胞レベルでゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム変異を人為的に誘導し炎症細胞社会を逆遺伝学的に理解する試みはほとんど実施されていません。代表研究者らはこれまでに、光を照射した細胞のみ(1細胞レベル)でゲノム・遺伝子発現を操作できるシステムを構築済みであるため(ACS Chem Biol. 2018 Feb 16;13(2):449-454)、炎症に関連した変異を1細胞に導入することができます。本研究では、従来の順遺伝学的アプローチにより得られた腸炎及びそれに付随する大腸癌に関連した変異を1細胞レベルで導入し、腸炎を起点とする大腸癌の進行の予測及び予防に役立つ因子を同定したいと考えています。本研究を通して、腸炎条件下で大腸癌の起点となるようなゲノム変異が見つかった場合は、将来的には、超早期癌マーカーとしての利用、さらにはそのような変異を制圧できるような創薬スクリーニングの展開へと繋げることに挑戦します。

【 図1 】

虚血ストレスによる炎症誘導機構の解明とその制御

渋谷 彰
筑波大学 生存ダイナミクス研究 (TARA) センター 医学医療系 教授

我が国の脳血管疾患による死亡は全死因の中で4番目で(9%)、このうち、脳梗塞は6万6,058人を数え、またその医療費は年間1兆7,821億円に昇るとされ、それによる社会的、経済的損失は計り知れない。血栓あるいは塞栓により脳組織の血流が途絶し虚血が始まると、発症1〜3時間でアストロサイトの細胞死と、これに伴う炎症細胞の浸潤を認め、発症6時間を越えると神経細胞の死が始まる。すなわち、脳虚血の開始時は未病でありその病態は可逆的であるが、虚血が継続しアストロサイトの細胞死と炎症反応が遷延化すると、神経細胞死が誘導され、神経障害の不可逆化が成立する。最終的に、障害神経の周囲組織では反応性アストロサイトは線維性アストロサイトとなり線維性グリオーシスを形成する。これらのイベントカスケードの中で、死細胞に由来するDAMPs (Damage-associated molecular pattern)が誘導する炎症反応が、イベントカスケードを再増幅させ、神経障害の不可逆化を一層増強していることが推察される。したがって、未病の時期に、死細胞の除去を促進させることによってDAMPsが誘導する炎症を制御することができれば、病態を可逆的に回復させたり、神経障害の軽減あるいは不可逆化を遅延することが可能と考えられる。しかし、この神経障害に至る一連のイベントカスケードの病理とその分子機構は充分に解明されていない。
本研究では、虚血ストレスにより誘導される死細胞から放出されるDAMPsによる炎症病態の開始、増幅、遷延化の分子機構を解明する。さらに、我々が同定したアポトーシス細胞の細胞膜上に表出するphosphatidylserein (PS)の受容体である抑制性免疫受容体CD300aの虚血病態における機能を明らかにし、その成果を基盤とした脳虚血疾患の予防・治療法の基盤開発を行う。

【 図1 】

炎症の遷延化をもたらすサイトカイン遺伝子群エピジェネティック制御

代表研究者
森口 尚
東北医科薬科大学 医学部医化学教室 教授

研究分担者

  • 上村 聡志 (東北医科薬科大学 医学部医化学教室 講師)
  • 高井 淳 (東北医科薬科大学 医学部医化学教室 助教)

炎症性疾患の病態基盤には、炎症性サイトカイン遺伝子群のエピジェネティック制御を介した不可逆的な発現誘導が関わる。GATA2およびGATA3はTリンパ球、顆粒球系細胞、腎尿細管でのエピジェネティック制御を介した遺伝子発現を制御する転写因子である。我々は、GATA2が炎症性サイトカイン遺伝子群の発現を正に制御し、炎症性疾患への感受性を規定することを明らかにした。本研究ではGATA2およびGATA3による炎症性サイトカイン遺伝子群の発現制御機構を明らかにし、GATA2/3阻害剤を用いた新規の抗炎症療法の基盤確立を目指す。

GATA2/3標的遺伝子群と転写因子複合体の解明;GATA2/3の標的となる炎症関連遺伝子群とGATA2/3を中心に構成される転写因子複合体の構成因子を明らかにし、炎症関連遺伝子群の発現誘導とその遷延化のメカニズムを明らかにする。

1細胞レベルでの炎症性サイトカイン遺伝子群エピジェネティック解析;ヒスチジン脱炭酸酵素(HDC, Histidine Decarboxylase)はヒスタミン産生律速酵素であり、複数種類の炎症細胞で発現するGATA因子の標的遺伝子である。Hdc遺伝子の発現制御領域を用いGFPレポータートランスジェニックマウスを樹立した。GFP蛍光を指標に炎症環境で活性化した炎症細胞を単離し、炎症遷延をもたらすクロマチン構造変換のメカニズムを1細胞レベルで解析する。

リアルタイム生体イメージングによる新規炎症・アレルギーモニター法の開発;動物個体内で慢性炎症・アレルギーの経時的推移を非侵襲的に観察するために、Hdc遺伝子およびIL6遺伝子の発現制御領域を利用し、病態に応じてレポーターを発現する炎症モニターマウスを樹立した。本マウスを用い、各種慢性炎症性疾患モデルマウスや、アレルギーモデルマウスでの炎症状態を可視化するシステムを確立する。

メタボリックシンドロームでのGATA3の役割;腹腔内脂肪での慢性炎症は糖尿病発症に深く関わる。我々は、メタボリックシンドロームの病態形成に関わるGATA3の役割を、新規に作成したGata3遺伝子改変マウスにより明らかにする。

炎症細胞社会に焦点を当てた閉経後NASH肝癌の発症機構の解明と予防戦略の開発

小川 佳宏
九州大学大学院 医学研究院病態制御内科学分野(第三内科) 教授
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科分子細胞代謝学分野 教授

内臓脂肪型肥満を背景とするメタボリックシンドロームは、糖脂質異常や血圧上昇が並行して生活習慣病を発症するという疾患概念であり、肝臓における表現型として非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)が注目されています。NAFLDの一部は肝細胞壊死・炎症所見から線維化を伴う非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に移行し、このうち一部は肝硬変や肝細胞癌を発症します。近年、直接作用型抗ウイルス薬や核酸アナログが使用されるようになりウイルス性肝疾患に起因する肝細胞癌は減少傾向にありますが、生活習慣の欧米化に伴ってNASH肝癌の罹患率が増加しています。
NAFLDの年齢別有病率は男女間で大きく異なっており、男性では30~50歳代がピークですが、女性では50歳代以降に急増します。超高齢化社会を迎えるわが国では閉経後女性の肝細胞癌の増加が懸念されており、閉経後に脂肪肝からNASHを経て肝細胞癌を発症する経時変化を踏まえた新しい予防戦略の開発は持続可能な社会の構築のために喫緊の課題です。
従来、特殊飼料や薬剤による肝線維化・肝細胞癌モデルが多数報告されていますが、ヒトNASH肝癌の病態とは明らかに異なるため、未病状態の脂肪肝からNASHを経て肝細胞癌を発症する自然経過は不明です。我々は既に、雄性メラノコルチン4型受容体欠損マウス(MC4R-KOマウス)を用いて、肥満・脂肪肝からNASHを経てほぼ全例が肝細胞癌を発症する新しいNASHマウスの開発に成功し、NASHの肝臓において過剰な脂肪蓄積により細胞死に陥った肝細胞をマクロファージが取り囲んで貪食・処理する組織像(hepatic crown-like structures(hCLS))を見出し、hCLSを構成する新しいマクロファージ亜集団が慢性炎症・線維化に関与することを証明しました(Am. J. Pathol. 179: 2454-2463, 2011; PLoS ONE 8: e82163, 2013; JCI Insight 2: e92902, 2017)。一方、エストロゲンは慢性炎症・線維化を抑制することが知られており、閉経後NASH肝癌の発症・進展に関与する可能性がありますが、未病状態の脂肪肝から「point of no return」を越えて不可逆的な病態であるNASHを経て、閉経後NASH肝癌の発症過程におけるエストロゲンの病態生理的意義は十分に解明されていません。
以上の背景を踏まえて本研究では、卵巣摘除(閉経後に相当)した雌性MC4R-KOマウスを用いて、脂肪肝からNASHを経て肝細胞癌を発症する「閉経後NASH肝癌マウス」を確立し、未病状態の脂肪肝からhCLSが起点になってNASHを経て肝細胞癌を発症する過程において炎症細胞社会、特にマクロファージの動態とエストロゲンの関連を検討します。hCLSを構成するマクロファージにより活性化される線維芽細胞の経時変化とともに、NASH発癌マウスの非癌部組織における炎症細胞社会の変化や慢性炎症・線維化と肝細胞癌発症の関連を明らかにします。NASH肝癌の発症機構に立脚した根本的な治療法がない現在、未病状態の脂肪肝における炎症細胞社会をターゲットとした新しい予防戦略の手掛かりを得ることにより、閉経後治療から予防的介入へのパラダイムシフトが期待されます。

【 図1 】

老化細胞が引き起こす慢性炎症機構の解明と予防法の確立

城村 由和
東京大学 医科学研究所 癌防御シグナル分野 助教

超高齢社会を迎えた日本にとって、健康寿命の延長は現代科学の解決すべき最重要課題の一つです。健康寿命の延長には、医療システムの改革や生活習慣病、食習慣等の改善が有効な手段であることは明白であります。しかしながら、健康寿命に対する抜本的な対応には、老化制御機構の俯瞰的理解と、老化に伴う加齢性疾病や、臓器・組織の機能低下を予防する技術の開発が必要不可欠です。近年、モデルマウスを用いた遺伝学的解析から、老化制御機構の解明に大きなパラダイムシフトが生じており、老齢個体から人工的に老化細胞を除去すると、動脈硬化や腎障害などの老年病の発症が有意に遅れ、さらには寿命そのものも延伸することが示されました。個体老化や加齢性疾病の発症の原因は、炎症性サイトカインなどを分泌する老化細胞特有の炎症応答 『SASP (Senescence-Associated Secretory Phenotypes)』が組織微小環境に多数の慢性炎症場を形成することが要因である可能性が示唆されていますが、はっきりとした結論に至っていないのが現状です。さらに、生体内において老化細胞が周囲の細胞の遺伝子発現やエピゲノムにどのような影響を与えているかは不明なままです。本公募研究では、老化細胞特異的なノックアウトマウスや超高感度老化細胞イメージングマウスといった申請者のこれまでの研究に立脚した新規マウスモデルを用いた解析とともに、本領域の特徴である包括的1細胞遺伝子発現解析技術を利用することで、老化細胞によって生じる炎症応答が個体老化・加齢性疾病発症に及ぼす影響を分子・細胞・個体の各レベルで統括的に明らかにすることを目的とします。この研究により得られる成果は、本領域の目的とする「個の細胞から観た炎症組織・個体を語る初めての生命科学・予防科学の創生」に大きな貢献ができるものと考えられ、21世紀の先進医療において重要課題の一つである老化・老年病の予防法の開発につながる事が期待されます。

【 図1 】

代謝−エピゲノムのクロストークによる慢性アレルギー性炎症細胞社会の形成

代表研究者
山下 政克
愛媛大学 医学系研究科 免疫学講座 教授

研究分担者

  • 桑原 誠(愛媛大学 医学系研究科 免疫学講座 助教)
  • 武森 信暁(愛媛大学 学術支援センター 講師)

本邦では、急速な高齢化により喘息−慢性閉塞性肺疾患オーバーラップ症候群(ACOS)患者が急増しており、早急な治療法の提唱が望まれている。しかしながら、その病態形成の分子メカニズム未だ不明な点が多い。私たちは、転写抑制因子Bach2のT細胞特異的欠損マウスがACOS様の病態を自然発症することを見いだし、そのメカニズムについて解析を行なった。その結果、Bach2の発現減少によってIL-7/IL-33シグナルの過剰活性化が誘導され、それによりTh2細胞自然免疫応答が亢進することがACOS様病態発症の鍵となっている可能性が示された(図1)。さらに、Bach2低下によるTh2細胞自然免疫応答の亢進にはIL-7依存的に誘導される細胞内エネルギー代謝経路のリプログラミングと、それに続くエピゲノム変化が重要であるというという研究結果も得ている。そこで本研究では、IL-7/IL-33依存的なTh2細胞自然免疫応答の亢進によって誘導される慢性アレルギー性炎症をモデルとし、炎症細胞社会形成の分子メカニズムを細胞内エネルギー代謝とエピジェネティクスのクロストークの側面から解明する。

【 図1 】Bach2発現の減少は、CD4 T細胞に抗原非依存的なTh2細胞機能を誘導する

A03 炎症細胞社会情報学の確立

単一細胞シークエンスデータを用いたネットワーク分析モデルと高速化技術

代表研究者
浅野 泰仁
京都大学 情報学研究科 特定准教授

研究分担者

  • 小倉 淳(長浜バイオ大学 コンピュータバイオサイエンス学科 准教授)

慢性炎症に基づく様々な疾患に対処するために、「未病」に着目して細胞組織の異常が炎症記憶として定着してしまう前に早期介入することが有効と考えられるが、「未病」状態についてはまだ解明されていない部分が多い。特に未病のメカニズムを解明するためには、単一細胞シークエンスデータに基づいて遺伝子変異・エピゲノム変化・細胞間相互作用の変質等の情報を細胞・遺伝子・分子間等の「細胞社会ネットワーク」としてモデル化し、炎症記憶が伝播してゆくプロセスを分析する手法が有用と考えられる。しかし既存の2状態間の比較によるネットワークモデルでは正常・未病・炎症の3状態からなるメカニズムを分析することできないため、本研究では以下の課題に取り組む。

  • 課題(1) 正常・未病・炎症 の3状態に対応した細胞社会ネットワークの情報伝播モデルの構築
  • 課題(2) 単一細胞シークエンスデータが生み出す大規模ネットワークに対応した高速分析技術開発

【 図1 】

生体イメージングによる炎症細胞の遊走動態の解析とシミュレーション手法の開発

代表研究者
松田 秀雄
大阪大学 大学院情報科学研究科 教授

研究分担者

  • 石井 優(大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)

本研究は、多数の細胞集団での遊走細胞の動態解析と1細胞トランスクリプトーム解析を行い、相互の関連性の解析を行う。遊走細胞の動態解析では、免疫細胞を蛍光標識し、炎症刺激での応答を二光子励起顕微鏡で経時的に観察し、遊走動態を独自に開発した画像処理手法により検出することで、炎症を免疫細胞の遊走動態により定量的に比較・分類することを目指す。また、1細胞トランスクリプトーム解析では、1細胞シーケンシングにより得られる各細胞の遺伝子発現量のセットを、刺激応答の時系列上で占める位置を推定して分類する手法を開発する。

免疫細胞の遊走動態の画像処理手法としてはDeep Matching法を用いる。Deep Matching法は、コンピュータビジョンの分野で開発された動画像中の物体の追跡手法であり、これを細胞画像に適用することで、画像上で細胞領域が移動する軌跡を求める。また、1細胞トランスクリプトーム解析では、トピックモデルという手法を用いることで細胞を分類し、細胞集団中での各細胞の多様性を解析する。具体的なモデルとしては、潜在的ディリクレ配分法(latent Dirichlet allocation)を用いて、各細胞で遺伝子の発現頻度を決める潜在的な因子であるトピックを推定することで細胞を分類する。さらに、炎症状態での細胞の遊走動態の解析と1細胞遺伝子発現プロファイルの解析を関連付けることで、遊走動態の数理モデル化とシミュレーション手法の開発に取り組む。

【 図1 】