A01 慢性炎症性疾患における炎症細胞社会学の確立
A02 環境因子による制御と分子標的予防の確立
A01 慢性炎症性疾患における炎症細胞社会の確立
心臓恒常性とリモデリングを制御する炎症細胞社会の相互作用ネットワーク解明

私たちはこれまでに、マクロファージや線維芽細胞が慢性炎症を進める主たる担い手として様々な役割を果たすだけでなく、ストレスへ応答し、組織の恒常性を維持するためにも鍵となることを見いだしてきました。このような多彩な細胞の活動は、遺伝子の発現制御(エピゲノム制御)のダイナミックな変動によってもたらされています。特にマクロファージは、周辺の環境(微小環境)からの情報に応じて、柔軟にその機能を調整し、多様な役割を果たすことが最近分かってきました。マクロファージは周辺の細胞や環境と相互作用することによって、時と場所によって、各々異なった機能を発揮しているはずです。しかし、従来の細胞集団の平均値をみる手法では、個々のマクロファージのダイナミズムが捉えきれませんでした。そこで本研究では、最近急速に進歩してきた単一細胞の遺伝子発現やエピゲノムを解析する技術を活用し、マクロファージならびに線維芽細胞の個々の細胞の変化を捉えるとともに、これらの細胞ならびに、周辺の細胞とのコミュニケーション(炎症細胞社会)を明らかにすることを目的として研究を進めています。本研究では特に心臓を中心に解析することを計画しています。これまでに、心臓組織マクロファージと線維芽細胞の両者が、心臓ストレスへの適切な応答に必要である一方、心不全や加齢に伴う機能異常にも寄与していることを見いだしています。炎症細胞社会がどのように心臓の恒常性を維持し、また、心不全をもたらすかを解析していきます。
アレルギーの予防を志向した脂質による炎症細胞社会の統制機序の解明

環境因子に対する皮膚バリアの撹乱により細菌毒素や異物抗原が過度に経皮侵入すると2型免疫が活性化し、難治性の慢性皮膚疾患であるアトピー性皮膚炎へと進展するとともに、遠隔臓器に鼻炎、喘息などの慢性アレルギー疾患を招きます(アレルギーマーチ)。したがって、皮膚バリアの適切な統制はアレルギー疾患の予防を考える上で喫緊の課題です。本研究では脂質の観点からこの課題にアプローチします。脂質の量的・質的変化は生体防御を司る炎症細胞社会に多大な影響を及ぼします。本研究の目的は、脂質をキーワードに皮膚の恒常性(未病)からその破綻(遷延化)、更には慢性アレルギー病態(不可逆化)へと移行するプロセスの分子機構を明らかにし、これを理論背景に脂質環境整備を基盤としたアレルギーの分子予防制御に関する新規概念を創成することです。特に、機能性脂質による表皮バリアの統制とマスト細胞を巡る皮膚微小環境の制御に焦点を当て、前回の公募研究で得られた成果の更なる発展を目指します。すなわち、これまでの研究を通じて確立した皮膚異常を発症するホスホリパーゼA2欠損マウスにリピドミクス解析やシングル細胞トランスクリプトーム解析を展開することで、本過程に関わる皮膚組織微小環境の状態変化を細胞、遺伝子、脂質を統合した定量的・定性的な情報として収集・統合し、脂質代謝を基盤に炎症細胞社会学における新規概念の創出を目指します。
毛包幹細胞の機能変容における関連炎症細胞社会ネットワークの解明
毛は毛包バルジ領域に存在する毛包幹細胞(hair follicle stem cell, HFSC)から作られる。バルジは免疫特権領域とされ、通常、HFSCは有害なイベントから保護されている。一方、ヒト脱毛性疾患(円型脱毛症、瘢痕性脱毛症)における慢性IFNシグナルの関与が示唆されているが、同シグナルの具体的役割は不明である。
本研究では、慢性IFNシグナル依存性の脱毛及び毛の再生不全を示すマウスモデル(Irf2-/-マウス、イミキモド塗布皮膚炎マウス)を用いて、慢性炎症下で誘導される脱毛メカニズムの詳細を、免疫細胞とHFSCの相互作用によるHFSCの機能変容という視点から解明することを目的とする。Irf2-/-マウスは加齢に伴いIFNシグナル依存性に脱毛するが、この脱毛にはCD8+T細胞が必要なことが報告されている。申請者は独自に、この脱毛がCD8+T細胞によるHFSCの破壊に因らないことを見出している(未発表)。これらの背景に基づき、令和2年度は、免疫細胞と毛包幹細胞間の網羅的遺伝子発現解析結果を“リガンド〜受容体データベース”で分析して、免疫細胞が発現するリガンド及びHFSC側の受容体を抽出後、免疫細胞とHFSC間相互作用レベルをランク付けする。この結果を総合的に判断し、Irf2-/-マウスの脱毛に関わる細胞と分子を予測する。また、イミキモド塗布皮膚炎マウスでも同様の解析を行い、両系統で共通のものを候補分子とする。令和3年度は、候補リガンド・受容体シグナルのHFSC機能変容における役割を検証する。HFSCによる毛の再生能を解析できる抜毛実験系を用いて、抜毛前後で、コントロールマウス皮内に候補リガンドを、Irf2-/-マウス及びイミキモド塗布マウスには候補リガンドの中和抗体あるいは受容体ブロッキング抗体を投与する。毛の再生能抑制または回復を指標に候補リガンド・受容体シグナルの重要性を決定する。さらにリガンドまたはリガンド受容体欠損マウスとIrf2-/-マウスを交配して二重欠損マウスを作製し、脱毛が改善されるか検討する。これら一連の研究から、慢性IFNシグナルの免疫細胞を介したHFSCへの影響が分子レベルで解明され、応用技術基盤へ繋がることが期待される。
自然免疫系による炎症、アレルギー、線維化、腫瘍形成制御機構の解析
我が国は、世界でも類を見ない長寿国となる一方、今後予想される高齢化社会への急速な移行は、加齢に伴う諸疾患の増加と医療経済の逼迫・破綻を加速させることは明白であり、大きな社会問題となっている。それ故、加齢によって発症頻度が急激に増加する、がん、心疾患、肺炎、脳血管疾患はもとより、免疫系の関与する炎症性疾患やアレルギー、感染症の予防・治療法の開発は喫緊の課題である。本研究は、これらの疾病の新たな治療法、あるいは発症以前の状態(未病状態)に留め置くための方策を開発することにより、「健康寿命」の延伸、および医療経済の改善に寄与することを目指すものである。
我々は、C型レクチンの一つのDectin−1が腸管で発現しており、これが食物中のβグルカンを認識することにより抗菌蛋白質の発現を誘導し、腸内の特定の乳酸菌(Lactobacillus murinus)の増殖を制御していることを見出した(Tang et al., Cell Host & Microbe, 2015)。L. murinusは腸管の樹状細胞(DC)に作用して強力に制御性T細胞(Treg)の分化を誘導させることができ、低分子βグルカンを投与してDectin−1を阻害すると、Tregが増加し、大腸炎を抑制できることを示した。この時、Dectin-1シグナルによってIL-17Fが誘導され(Kamiya et al., Mucosal Immunol., 2018)、IL−17Fが抗菌ペプチドの産生を誘導することにより、Treg分化を誘導することが知られているClostridium cluster XIVaやL. murimusの増殖を抑制することがわかった(Tang et al., Nat. Immunol., 2018)。逆にIL-17Fを阻害すると、これらの菌が増殖し、Tregが増えるために、大腸炎が抑制された。また、Dectin-1やDcirなどのC型レクチンが大腸炎や大腸ポリプの発症に関与していることを見出している。本研究では、常在微生物や食品成分によるC型レクチンを介した腸管微生物叢の制御や、これらの微生物による腸管免疫の制御機構を明らかにする。さらに、腸管免疫は炎症性腸疾患の発症や大腸がんなどの発症に深く関与するだけでなく、腎炎や実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)など、他の臓器の炎症にも関与していることが示唆されていることから、腸管免疫が全身免疫に及ぼす影響や抗腫瘍免疫に及ぼす影響などを解析し、機能性食品や治療薬の開発につなげることを目的とする。

【 図1 】
炎症・再生・修復を実行する炎症細胞社会とその制御機構の解明

サルコペニアは「加齢に伴う骨格筋の質的・量的低下」と定義され、高齢者が生活の質を損なう主因となるほか、生活習慣病のリスクを増加させます。そのため、サルコペニアの機序を解明し、未病状態から適切に介入する手法を開発することは、高齢化社会を迎えたわが国の重要な課題です。サルコペニアは、損傷を受けた筋組織が、うまく再生できなくなったとき、すなわち損傷と再生のバランスが崩れたときに発症すると考えられます。
そこで本研究では、筋損傷後の再生を舞台に、炎症・再生・筋修復を実行する細胞間連携のネットワーク(炎症細胞社会)とその制御機構を、1細胞レベルでのトランスクリプトーム解析から明らかにします。特に、骨格筋特異的な組織幹細胞である筋衛星細胞や、線維芽細胞とマクロファージとの相互作用に注目し、その単細胞間コミュニケーションが骨格筋の恒常性維持を担うメカニズムと、その変調や破綻によるサルコペニアの病態メカニズムを解明します。
IBD発症過程で生じるTh/Treg imbalanceの動態解析

炎症性腸疾患(IBD)の発症においては、制御性T細胞(Treg)と、Th1やTh17を始めとするヘルパーT細胞(Th)の活性バランスがThに傾くことが主な原因の一つである。しかし、IBD発症過程の腸管で、それらの細胞が分化誘導されるメカニズムを含め、Th/Tregの分化バランスが崩れていく仕組みは多くが未解明である。解明を遅らせている主な原因の一つとして、「未病」を経て「慢性炎症」に至るまでの過程において、ThやTregの活性化や分化をin vivo, ex vivoの両方で経時的に捉えることができる強力な実験系が存在しないことが挙げられる。一方、代表者は、「Nr4aファミリー転写因子」の解析を中心にTh/Tregの分化制御機構の研究に取り組んできた。引き続き、生体における重要なTh/Treg分化イベントを捉えることを目的とし、新規・Nr4a1レポーターマウスを作製して研究を発展させている。このレポーターマウスは、CD4T細胞を始め、刺激を受け活性化した様々な免疫細胞をin vivoイメージングとex vivo解析の両方でリアルタイムに捉えることを可能としている(図1A)。これらの研究背景に基づき、本研究では、このレポーターマウスを活用し、IBDモデルで未病から慢性炎症に至るまでの過程において、各Th/Tregサブセットが分化誘導されるメカニズムを ①それぞれのサブセットの分化誘導の場 ②誘導に寄与する細胞種 ③誘導に寄与する分子 ④誘導に寄与する細菌叢 を対象に解明し、Thを中心とした「炎症細胞社会」が形成される仕組みを明らかとする(図1B)。さらに、この試みで見出された、各Th/Tregサブセットの誘導に寄与する細胞種や分子の活性調節により、Th/Treg分化バランスの制御をin vivoで試み、そのIBDの抑制効果を追求する。以上の試みにより、IBDの発症過程でThが勝った炎症細胞社会が形成される仕組みを解明し、ひいてはIBDの新規予防法・治療法の開発に手掛かりを与えることを目的とする。
アミノ酸トランスポーターが担う炎症細胞社会構築と肺線維化メカニズム

線維症は様々な臓器において慢性的な炎症応答の結末として見られる症状で、臓器にコラーゲンをはじめ細胞外マトリックスが沈着することで臓器の弾性が喪失し、機能不全をもたらし死に至る場合もある重篤な病態である。肺線維症にはニンテダニブやピルフェニドンといった抗線維化薬またはステロイドが第一選択薬となっているが、線維化に対して奏功するメカニズムが十分解明されていない上、重篤な副作用と高額な医療費の問題が存在することから、新たな治療標的の同定と医薬品開発が望まれている。私たちは、免疫細胞および線維芽細胞に高発現するアミノ酸トランスポーターSLC15A3欠損マウスで肺線維化が著しく改善することを見出し、その分子基盤の解明を進めてきた。これまで、線維化病態の改善には、SLC15A3欠損で引き起こされる間質系細胞の機能変容と、SLC15A3欠損造血系細胞での抗炎症性サイトカイン産生の亢進という、双方の必要性が示唆される結果を得ているが、SLC15A3による肺線維化の媒介メカニズムを理解するためには、肺線維化に到る過程で間質系細胞と造血系細胞がどのような細胞社会においてどのような機能的相互作用のもとにそれぞれの機能変容がもたらされているのかを明らかにする必要がある。
本研究では、SLC15A3がどの細胞を、どのタイムポイントで線維化に方向付けするのか(機能変容をもたらすのか)について、経時的single-cell transcriptome解析を行うことにより、線維芽細胞と、浸潤する造血細胞由来炎症細胞で構築されるSLC15A3を機軸とした炎症細胞ネットワークを明らかにし、同時にSLC15A3欠損下で生じる肺における炎症細胞社会の変容を包括的に捉えることで、SLC15A3による線維化制御のメカニズムを理解することを目的とする。その上で、SLC15A3をターゲットとする新たな線維症の予防的治療戦略の可能性を検討する。
A02 環境因子による制御と分子標的予防の確立
包括的1細胞遺伝子発現解析による老化制御メカニズムの解明

超高齢社会を迎えた日本にとって、健康寿命の延長は現代科学の解決すべき最重要課題の一つです。健康寿命の延長には、医療システムの改革や生活習慣病、食習慣等の改善が有効な手段であることは明白であります。しかし、健康寿命に対する抜本的な対応には、老化制御機構の俯瞰的理解と、老化に伴う加齢性疾病や、臓器・組織の機能低下を予防する技術の開発が必要不可欠です。近年、モデルマウスを用いた遺伝学的解析から、老化制御機構の解明に大きなパラダイムシフトが生じており、老齢個体から人工的に老化細胞を除去すると、動脈硬化や腎障害などの老年病の発症が有意に遅れ、さらには寿命そのものも延伸することが示されました。個体老化や加齢性疾病の発症の原因は、炎症性サイトカインなどを分泌する老化細胞特有の炎症応答 『SASP (Senescence-Associated Secretory Phenotypes)』が組織微小環境に多数の慢性炎症場を形成することが要因である可能性が示唆されていますが、はっきりとした結論に至っていないのが現状です。さらに、生体内において老化細胞が周囲の細胞の遺伝子発現やエピゲノムにどのような影響を与えているかは不明なままです。前期公募研究において、老化細胞を一細胞レベルで解析可能なマウスモデルや任意の時期・部位で細胞老化を誘導可能なマウスモデルの樹立、さらには新たな機序に基づく老化細胞除去薬の同定に至っています。本公募研究では、樹立したマウスモデルを用いて、本領域の特徴である包括的1細胞遺伝子発現解析技術を利用することで、老化細胞によって生じる炎症応答が個体老化・加齢性疾病発症に及ぼす影響を分子・細胞・個体の各レベルで統括的に明らかにすることを目的とします。さらに、同定した老化細胞除去薬の効果についても包括的1細胞遺伝子発現を解析することで、どのような機序で老化細胞の除去が個体老化・加齢性疾病の改善につながるのかを明らかにできるものと考えられます。この研究により得られる成果は、本領域の目的とする「個の細胞から観た炎症組織・個体を語る初めての生命科学・予防科学の創生」に大きな貢献できるものと考えられ、21世紀の先進医療において重要課題の一つである老化・老年病の予防法の開発につながる事が期待されます。

【 図1 】
ショウジョウバエモデルを用いた非感染性外因刺激による炎症誘導機構の解明
組織損傷などで無菌的に誘導される炎症は、慢性炎症や自己免疫疾患の引き金となるため医学的に重要ですが、その誘導機構はまだよくわかっていません。私たちは、微弱な内臓損傷刺激を与えることで微生物感染に匹敵する炎症が誘導されることをショウジョウバエ幼虫で発見しました。この炎症は無菌的な誘導であり、既知の自然免疫機構にほとんど依存しておらず、新規メカニズムによって惹起されていることを報告しています。さらに、感染非依存であることを示すため、世界に先駆けて「真に無菌のショウジョウバエ」を樹立して維持する方法を確立し、無菌的自然免疫であることを証明しています。引き続く研究により、半網羅的RNAiスクリーニングを実施してクロマチンリモデリング因子が炎症遺伝子の発現制御に必要であることを見出しました。炎症遺伝子のプロモーター解析により候補となる転写因子も見出しています。そこで本研究では、申請者独自の幼虫モデルにおける無菌炎症惹起機構の詳細を解明することを目的として研究を行い、慢性炎症の最初のきっかけとなる無菌的自然免疫活性化メカニズムを明らかにすることを目指します。そして、慢性炎症の起点となる最初期の無菌的自然免疫活性化の新たなメカニズムを発見し、哺乳類の慢性炎症研究に還元することを目標に本課題を推進します。
代謝変化に伴う迷走神経性炎症制御の解明

ホルモンや栄養素といった代謝環境の変化は、直接的に臓器炎症を誘導するだけでなく、脳・自律神経を介して間接的にも炎症応答を制御する。特に、脳・迷走神経による肝炎症制御は、代謝や再生といった、様々な肝臓の生理機能調節に関与している。一方で、過栄養では、代謝環境の変化に伴う迷走神経活動の変化が消失し、迷走神経は恒常的に活動抑制状態にある可能性が指摘されている。このような迷走神経活動異常は、過栄養による肝臓慢性炎症、すなわち非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の発症・進行に関与しているのかもしれない。実際に、迷走神経切除などの検討から、迷走神経制御の消失が、持続的肝臓炎症を惹起することが明らかにされ、さらに、迷走神経による炎症制御メカニズムとして知られるα7型ニコチン受容体については、その欠損マウスでは、NASHが増悪することが報告されている。しかし、迷走神経による炎症抑制に、ニコチン作用が関与することなど、部分的にその解明が進められているが、迷走神経性の炎症応答制御の役割およびそのメカニズムは、十分に解明されていない。そこで、本研究課題では、代謝変化に伴う炎症応答と迷走神経によるその制御の解明を行う。具体的には、1)代謝変化に伴う迷走神経性の肝臓炎症制御の役割、2)肝臓炎症応答の迷走神経制御メカニズムを解明する。
代謝と炎症は、相互に密接に関与しているが、その相互制御の解明は十分ではない。サイトカインなどの液性因子を介した相互制御の解明が進められる中で、液性因子と共に両者を繋ぐ役割を担う神経因子の重要性の解明が十分でないことが一因となっている。本研究課題では、神経因子による代謝・炎症制御のなかで、特に迷走神経性の炎症応答制御の解明を目指し、代謝と炎症の相互制御の解明を推進する。将来的には、代謝学・炎症学・神経科学の融合によって、生活習慣病を予防する炎症制御法の解明に繋がると考えている。
死細胞センサーによる炎症細胞社会の制御機構
近年、炎症慢性化における細胞死の意義、即ち、死細胞に由来するdamage-associated molecular patterns(DAMPs)や死細胞クリアランスの意義が注目を集めていますが、死細胞を起点とする炎症細胞ネットワークの全貌は未解明です。我々は、マクロファージに発現する新規死細胞センサーのmacrophage-inducible C-type lectin(Mincle)に着目して、死細胞応答を起点とする炎症慢性化機構の解明に取り組んできました。これまでに、肥満におけるMincleの病態生理的意義の解明や、急性腎障害における内因性Mincleリガンドの同定などに成功しています。本研究では、Mincle活性化に伴って多彩な間質細胞の数や種類がどのように変化するのか、炎症細胞社会を構成する細胞間ネットワークの変容を明らかにすることを計画しています。これにより、A02の環境因子として「死細胞」の位置づけを明確化します。Mincleは脂肪組織や腎臓に浸潤するマクロファージの数%のみに発現し、死細胞に隣接して局在します。Mincle発現マクロファージは、炎症を惹起する一方で、線維化を促進することから、病的組織リモデリングを担うマクロファージ亜集団と位置づけられる可能性があります。本研究において、死細胞に応答して炎症慢性化をもたらすMincle発現マクロファージが明確化され、さらに遺伝子発現プロフィールと位置情報の融合により、炎症慢性化の時空間的理解が進むことが期待されます。
代謝ーエピゲノムのクロストークによる慢性アレルギー炎症細胞社会の形成

研究分担者
- 桑原 誠(愛媛大学 医学系研究科 免疫学講座 助教)
- 武森 信暁(愛媛大学 学術支援センター 講師)
我が国では、急速な高齢化により喘息−慢性閉塞性肺疾患オーバーラップ症候群(ACOS)患者が急増しており、早急な治療法の提唱が望まれているが、その病態形成の分子メカニズム未だ不明な点が多い。私たちは、転写抑制因子Bach2のT細胞特異的欠損マウスがACOS様の病態を自然発症することを見いだし、そのメカニズムの解析を行った結果、Bach2の発現低下によって誘導されるIL-7/IL-33シグナルの過剰活性化によるTh2細胞自然免疫応答の亢進がACOS様病態発症の鍵となっている可能性が示された(図1)。さらに、Bach2発現が低下した肺IL-33R陽性CD4 T細胞は、PD-1とCD69を高発現していることも見出している。さらに、Th2細胞自然免疫応答の亢進にはIL-7依存的に誘導される細胞内エネルギー代謝経路のリプログラミングとそれに続くエピゲノム変化が重要であるというという研究結果も得ている。そこで本研究では、IL-7/IL-33依存的なTh2細胞自然免疫応答の亢進によって誘導される慢性アレルギー性炎症をACOSのモデルとして、炎症細胞社会形成の分子メカニズムを細胞内エネルギー代謝とエピジェネティクスのクロストークの側面から明らかにすることを目指す。

【 図1 】Bach2発現の減少は、CD4 T細胞に抗原非依存的なTh2細胞機能を誘導する
NASHの発症・進展における炎症細胞社会の時空間的変化の解明

東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科分子細胞代謝学分野 教授
内臓脂肪型肥満を背景とするメタボリックシンドロームは、糖脂質異常や血圧上昇が並行して生活習慣病を発症するという疾患概念であり、肝臓における表現型として非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)が注目されています。NAFLDの一部は肝細胞壊死・炎症所見から線維化を伴う非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に移行し、このうち一部は肝硬変や肝細胞癌を発症します。近年、直接作用型抗ウイルス薬や核酸アナログが使用されるようになりウイルス性肝疾患に起因する肝細胞癌は減少傾向にありますが、生活習慣の欧米化に伴ってNASH肝癌の罹患率が増加しています。
NAFLDの年齢別有病率は男女間で大きく異なっており、男性では30~50歳代がピークですが、女性では50歳代以降に急増します。超高齢化社会を迎えるわが国では閉経後女性の肝細胞癌の増加が懸念されており、閉経後に脂肪肝からNASHを経て肝細胞癌を発症する経時変化を踏まえた新しい予防戦略の開発は持続可能な社会の構築のために喫緊の課題です。
従来、特殊飼料や薬剤による肝線維化・肝細胞癌モデルが多数報告されていますが、ヒトNASH肝癌の病態とは明らかに異なるため、未病状態の脂肪肝からNASHを経て肝細胞癌を発症する自然経過は不明です。我々は既に、雄性メラノコルチン4型受容体欠損マウス(MC4R-KOマウス)を用いて、肥満・脂肪肝からNASHを経てほぼ全例が肝細胞癌を発症する新しいNASHマウスの開発に成功し、NASHの肝臓において過剰な脂肪蓄積により細胞死に陥った肝細胞をマクロファージが取り囲んで貪食・処理する組織像(hepatic crown-like structures(hCLS))を見出し、hCLSを構成する新しいマクロファージ亜集団が慢性炎症・線維化に関与することを証明しました(Am. J. Pathol. 179: 2454-2463, 2011; PLoS ONE 8: e82163, 2013; JCI Insight 2: e92902, 2017)。一方、エストロゲンは慢性炎症・線維化を抑制することが知られており、閉経後NASH肝癌の発症・進展に関与する可能性がありますが、未病状態の脂肪肝から「point of no return」を越えて不可逆的な病態であるNASHを経て、閉経後NASH肝癌の発症過程におけるエストロゲンの病態生理的意義は十分に解明されていません。
以上の背景を踏まえて本研究では、卵巣摘除(閉経後に相当)した雌性MC4R-KOマウスを用いて、脂肪肝からNASHを経て肝細胞癌を発症する「閉経後NASH肝癌マウス」を確立し、未病状態の脂肪肝からhCLSが起点になってNASHを経て肝細胞癌を発症する過程において炎症細胞社会、特にマクロファージの動態とエストロゲンの関連を検討します。hCLSを構成するマクロファージにより活性化される線維芽細胞の経時変化とともに、NASH発癌マウスの非癌部組織における炎症細胞社会の変化や慢性炎症・線維化と肝細胞癌発症の関連を明らかにします。NASH肝癌の発症機構に立脚した根本的な治療法がない現在、未病状態の脂肪肝における炎症細胞社会をターゲットとした新しい予防戦略の手掛かりを得ることにより、閉経後治療から予防的介入へのパラダイムシフトが期待されます。

【 図1 】
神経変性を予防する炎症細胞社会の形成メカニズムの解明

先進国では高齢化社会を迎え、健康寿命の延伸が叫ばれている。脳卒中と認知症は高齢者における寝たきりの主な原因となっているが、どちらも十分な治療法が確立していない。最近になって脳卒中と認知症における神経細胞死には炎症が重要な役割を持つことが注目されている。我々はこれまでに、脳卒中の約8割を占める脳梗塞において、脳組織が損傷した後に引き起こされる炎症が惹起され、遷延化し、収束に至るまでの一連の免疫メカニズムを解明した。脳梗塞後の炎症では、大量の脳細胞死に伴って放出される炎症惹起因子(DAMPs: damage-associated molecular patterns)によって脳梗塞巣に浸潤したマクロファージやミクログリアが活性化され、炎症細胞社会が形成される。しかし炎症は次第に収束に至り、炎症因子を細胞内に取り込み排除するスカベンジャー受容体MSR1と、神経軸索の伸長を促進して神経変性を抑制する神経栄養因子IGF1を高発現するマクロファージやミクログリアが脳内に分化誘導されることを発見している。このように、脳内炎症に伴って形成される炎症細胞社会は、神経変性を予防して修復を担当する細胞を生み出す土壌となると考えられるが、脳内で炎症細胞から修復細胞が分化誘導・維持されるメカニズムはほぼ未解明である。本研究では脳卒中や認知症における病態に伴って脳内に形成される炎症細胞社会を土壌として、IGF1とMSR1を高発現する修復性マクロファージやミクログリアが誘導・維持される分子メカニズムを解明して治療法の開発につなげることを目的とする。
A03 炎症細胞社会情報学の確立
炎症進行過程の解明のための1細胞トランスクリプトームデータの統合解析手法の開発

本研究は、炎症の進行過程で生体内の細胞集団で生じる遺伝子発現の変化を1細胞トランスクリプトームにより解析し、細胞集団内の多様性や炎症進行過程を統合的に解析する手法を開発することで、炎症等の疾患の進行過程についての知見を得ることを目指します。
具体的には、ImmGenやGEO等のデータベースに登録されている細胞種ラベルの付いたトランスクリプトームデータを正例として、これを基に細胞種を推定する手法を開発します。さらに、炎症の開始からの経過時刻の異なる生体組織中の1細胞トランスクリプトームの発現プロファイルを基に、各細胞の炎症進行過程の時系列上で占める位置を推定して配置する細胞系譜推定手法を確立します。また、ヒトやマウスなどの多様な種類の1細胞トランスクリプトームデータが統合された細胞アトラスについて、データ間の比較や統合の妨げとなるバッチ効果を補正する方法や、1細胞レベルでの発現プロファイルと生体イメージングデータを関連付ける方法についても開発を進めます。以上の方法を相互に組み合わせることで、炎症の進行過程の統合的な解析の実現を目指します。
単一細胞シークエンスデータの遺伝子相関ネットワークによるランキング分析
研究分担者
- 小倉 淳(長浜バイオ大学 コンピュータバイオサイエンス学科 准教授)
慢性炎症に基づく様々な疾患に対処するために、「未病」に着目して細胞組織の異常が炎症記憶として定着してしまう前に早期介入することが有効と考えられるが、「未病」状態についてはまだ解明されていない部分が多い。特に未病のメカニズムを解明するためには、単一細胞シークエンスデータに基づいて遺伝子変異・エピゲノム変化・細胞間相互作用の変質等の情報を細胞・遺伝子・分子間等の「細胞社会ネットワーク」としてモデル化し、炎症記憶が伝播してゆくプロセスを分析する手法が有用と考えられる。しかし既存の2状態間の比較によるネットワークモデルでは正常・未病・炎症の3状態からなるメカニズムを分析することできないため、本研究では以下の課題に取り組む。
- 課題(1) 正常・未病・炎症 の3状態に対応した細胞社会ネットワークの情報伝播モデルの構築
- 課題(2) 単一細胞シークエンスデータが生み出す大規模ネットワークに対応した高速分析技術開発

【 図1 】