計画研究

A01 慢性炎症性疾患における炎症細胞社会学の確立

肺線維症における炎症細胞社会

代表研究者
松島 綱治
東京大学 大学院医学系研究科 分子予防医学分野 教授

研究分担者

  • 上羽 悟史(東京大学 大学院医学系研究科 分子予防医学分野 講師)
  • 橋本 真一(金沢大学 大学院医薬保健総合研究科 未病長寿医学講座 特任教授)

肺線維症は、細胞外基質の過剰沈着による肺機能不全により、死に至る重篤な病態です。肺線維症は、原因不明の特発性肺線維症(IPF)や、PM2.5等の環境汚染物質への暴露による慢性間質性肺疾患において幅広く認められ、多くが進行性、不可逆性であり、有効な治療法に乏しいため、新規早期診断・予防介入法の創出が待たれています。線維化病変部位は、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、マクロファージ、好中球、リンパ球など多種多様な細胞で構成されています。肺線維化の進展は、それら細胞が織りなす相互作用ネットワーク“炎症細胞社会”により制御されていると想定されますが、その炎症細胞社会ダイナミクスの実態、その背後にある動作原理は不明でした。single-cell transcriptome法は、個々の1細胞のmRNA量を網羅的に捉えられる新しい技術です。本計画研究では、分担研究者橋本らが新たに開発した安価に包括的な(数百-数千個の)single-cell transcriptomeデータを取得できるNx1-seq法により、肺線維化組織を構成する多種多様な細胞の個々の性質を網羅的かつ高解像度で一括して捉えます。線維化病態の時空間的変遷に添ってNx1-seqデータを取得、各解析ポイントにおける細胞間相互作用ネットワークを再構築します。再構築されたネットワークを元に、ごく初期の肺傷害から肺線維化へと遷移する過程における炎症細胞社会ネットワークの4次元(時空間)変遷の予測モデル化を試みます。同予測モデルを、single-molecule FISH法や各種遺伝子改変マウスによる実験的な検証を通じて、A03領域と密に連携しつつ改善します。改善されたモデルにより、肺傷害から肺線維化への遷移過程の変極点(肺線維症における『未病』状態)を予測し、変極点における炎症細胞社会ネットワークに対する予防的介入試験を行うことで、肺線維症における『未病』状態の同定、予測モデルに基づく早期診断マーカーの同定、肺線維症新規予防戦略の策定を目指します。同時に、A02領域で取り扱う環境因子や予防シーズの肺線維症における評価を、炎症細胞社会モデルを用いて行います。本計画研究が達成されることで、肺線維症の克服に繋がりうる、新たな予防医学の開拓へと至る可能性が期待されます。

肝硬変における炎症細胞社会の解明

研究代表者
金子 周一
金沢大学 大学院先進予防医学研究科 システム生物学 教授

研究分担者

  • 本多 政夫(金沢大学 大学院医薬保健学総合研究科 病態検査学 教授)
  • 山下 竜也(金沢大学附属病院 消化器内科 講師)

肝硬変の主な原因は、B型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus, HBV)とC型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus, HCV)の持続感染に伴う慢性肝炎、アルコール多飲である.HBVは抗ウイルス薬である核酸アナログ製剤によりウイルス増殖を抑制することにより肝硬変への進展を抑制できるようになった。HCVは近年直接型抗ウイルス薬(Direct antiviral agents, DAAs)の開発が進み経口薬により排除できるようになり肝硬変への進展を阻止できるようになった。
このようななか、2000年に入り注目されてきた非アルコール性脂肪性肝疾患(Non-alcoholic fatty liver disease, NAFLD)、非アルコール性脂肪肝炎(Non-alcoholic steatohepatitis, NASH)が肝硬変および肝がんの原因として問題となってきている。
NAFLD/NASHは、人口の10%超にみられ、検診をうける対象者の2-3割にみられるといわれ、国内だけでなく国際的にも増加が著しい疾患である。NAFLD/NASHは糖尿病をはじめとする生活習慣病と密接に関連し、進行すると肝硬変、さらには肝細胞がんにいたる。NAFLD/NASHのこれまでの研究から、遺伝を含めた外的および内的な危険因子が示され、いくつかの診断法、予防法、薬剤を含めた介入が試行されてきたが、いずれも有効性が低く、効率も悪いために、新たな健康維持システムの構築が喫緊の課題となっている。

私達はNAFLD/NASHにおける炎症、線維化の病態を解析するとともに、2期10年の基盤研究(S)において、過剰な栄養が肝臓内の環境を撹乱し、栄養代謝の経路が変化すること、肝臓がホルモンとしてセレノプロテインP(内臓脂肪が産生するアディポカインに対してヘパトカインと命名)を産生し、糖尿病を悪化させることを世界ではじめて示した。さらに、食餌のみでNAFLD/NASHを引き起こし、肝硬変・肝がんに進展する優れたマウスモデルを作製するとともに、セレノプロテインP、leukocyte cell-derived chemotaxin 2 (Lect2)、:Platelet-Derived Growth Factor (PDGF)-cという肝臓の炎症と線維化に重要な新規分子の遺伝子改変マウスを作製し、NAFLD/NASH研究を行ってきた。さらに、各種倫理指針を遵守して100例を超えるヒト臨床材料を得るとともに、すでに肝臓におけるsingle cell transcriptomeの研究を開始している。

こうした研究の状況にあって、本研究では領域の他の研究者と連携し、肝硬変における炎症細胞社会の解明を行う。肝硬変への進展のカギを握る細胞を同定した後、当該細胞の組織内分布に基づき、3次元情報を取得、4次元モデル化を行う。このモデルに基づき未病状態である単純性脂肪肝を具体的に定義し、NASHから肝硬変への進展を予防する研究に資する遺伝子情報を整備するとともに、単純性脂肪肝からNASHへ、NAFLD/NASHから肝硬変への進展を診断するマーカーの開発、およびNASH、肝硬変の予防・治療法の開発を行う。
私達が作製したNAFLD/NASHマウスモデルは化学物質を用いることなく、食餌によって誘導され、脂肪肝、肝硬変を経て肝がん点で、ヒトNAFLD/NASHの臨床および病理所見と極めて類似性が高い。このモデルを中心に肝臓の炎症組織社会の解析を行う。
NAFLD/NASHマウスモデルから経時的に血液、および肝臓サンプルを採取し、肝臓の包括的な発現遺伝子解析を行うとともに、炎症、線維化を中心とする形態変化、および各種の生化学因子との関連を明らかにする。
未病の状態である単純性脂肪肝、初期の炎症がみられるNASH、および線維化を伴うNASH、肝硬変のサンプルを用いて総括班・炎症細胞社会解析センターと連携してsingle cell transcriptome解析を行う。これらの解析結果から肝細胞、胆管細胞、内皮細胞、肝星細胞、クッパー細胞、浸潤炎症細胞、線維芽細胞よりなる炎症細胞社会の変遷のカギを握る細胞を同定した後、当該細胞に特異的な分子の組織内分布に基づき、細胞の位置情報を取得し、細胞間相互作用ネットワークも含めた形での4次元(空間+時間)シミュレーションモデル化を行う。
炎症と線維化の進展に重要な遺伝子であるセレノプロテインP、Lect2、およびPDGF-cの遺伝子改変動物モデルとNAFLD/NASHマウスとの掛け合わせを行い、これらのマウスを用いて炎症・線維化関連遺伝子の解析を行うことにより、上記炎症細胞社会の変遷のカギを握る細胞とこれらの細胞に特異的な分子がNAFLD/NASHの進展に重要であるというモデルを検証する。
さらに、ヒト臨床材料を用いて、未病の状態である単純性脂肪肝、NAFLD/NASHの初期炎症、線維化を伴うNASH、肝硬変の各段階における包括的な発現遺伝子解析を行うとともに、NAFLD/NASH患者において、リンパ球を対照とし、肝組織のwhole genome sequenceを行うことにより、ヒトでのモデル検証を行う。
未病状態である単純性脂肪肝からNASHへの進展を予測するマーカー、肝硬変への進展度を測定するマーカーの研究、それらの進展を阻止する標的分子の創薬開発に資する研究を領域内の他の臓器の研究者および総括班との連携を通じて進める。

進行性腎障害における慢性炎症の意義とそれに立脚した分子予防学の構築

研究代表者
和田 隆志
金沢大学 大学院医薬保健学総合研究科 腎臓内科学 教授

研究分担者

  • 古市 賢吾(金沢大学附属病院 血液浄化療法部 准教授)
  • 坂井 宣彦(金沢大学附属病院 血液浄化療法部 助教)
  • 岩田 恭宜(金沢大学附属病院 腎臓内科・感染制御部 特任助教)

本研究課題では、進行性腎障害における炎症細胞社会の変遷を、慢性炎症に深くかかわる細菌の直接/間接的作用に着目し、その機序の解明および腎疾患の発症予防を目指します。慢性腎臓病から末期腎不全へと進行し、血液透析療法などの腎代替療法が必要な患者は依然として減少していません。また、超高齢化社会を迎えた現在、国民の死因の第三位が肺炎になるなど、感染症対策は重要な課題です。感染症を契機に、急性腎障害を発症すると、生命予後も非常に悪くなることが明らかとなっています。また、慢性腎臓病の患者が、感染症を契機に、末期腎不全となることもあります。これまで我々は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)菌体の遺伝子情報により、感染症の臨床症状に特徴があること(論文投稿中)、薬剤耐性と感受性の再獲得に遺伝子情報が関与していること(Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 2017)などを報告してきました。本検討では、菌体の遺伝子情報に着目し、腎および全身への影響を解明し、予知、予防の観点から有用性を確立したいと考えています。
菌体の遺伝子解析とその変異情報を利用することにより、腎固有細胞や、免疫担当細胞とのクロストーク、細胞単位の炎症の記憶と遷延化などの解明を目指します。特に、種々の機序を、シングルセルトランスクリプトームの技術を用いて明らかにします。これらの組織での細胞間のクロストークを明らかにすることで、疾患予防への視点を確立し、進展・修復機序の解明を目指したいと考えています。また、急性腎障害は、その障害の程度により、回復することもあれば、末期腎不全へと進展することもあります。その障害を修復あるいは進行へと誘導する因子についても検討します。
細菌の遺伝子型による感染症・増悪障害のリスク予知、変異蛋白に対する抑制/拮抗物質による機序解明やその介入により、急性腎障害/進行性腎障害に対する炎症細胞社会学、それに基づく分子予防学の構築、新規治療法の開発を目指します。

炎症細胞社会における臓器脂質の量的・質的変容がもたらす炎症と線維化メカニズムと予防戦略

研究代表者
島野 仁
筑波大学 医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科 教授

研究分担者

松坂 賢(筑波大学 医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科 准教授)

中川 嘉(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 准教授)

ハン ソンイ(筑波大学 医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科 研究員)

我々は、生活習慣病の中心病態である脂肪毒性を、臓器脂質代謝の視点で展開してきました。転写調節を介した脂質合成転写因子SREBP-1や栄養ストレス応答転写因子CREBHによる栄養制御が生活習慣病に関与することおよびその分子メカニズムについて解明し、臓器脂質の量的制御転写因子としての役割を確立してきた。一方、脂肪酸伸長酵素Elovl6が脂肪酸鎖長を介して臓器の脂肪酸組成を制御し、この質の違いがインスリン抵抗性、2型糖尿病、NASH、動脈硬化の発症・進展に重要な影響をおよぼすことを示してきました。代謝性疾患における脂質代謝異常は炎症細胞社会の乱れを引き起こし、慢性炎症から線維化、臓器障害を惹起する。炎症社会の発端や進展に、臓器脂質の量と質はとても重要と考えます。

本計画では、これらSREBP-1/CREBH/Elovl6の脂質制御因子トライアングルによる臓器脂質の量的・質的変容がもたらす炎症や線維化の病態分子メカニズムを、肝臓、腸、動脈硬化における炎症細胞社会に焦点をあてて解明し、予防医学的な視点からこれらを制御する因子の特定を目標とします。さらに、脂質と線維化の関連の根源的な理解のため、筋線維芽細胞内脂質代謝を1細胞レベルで解析します。我々の脂質代謝解析は、個別の臓器、疾患、生命現象の枠を越えた展開をしており、脂質という共通のキーワードで各計画班・公募班の分子メカニズム研究にも貢献できると考えています。炎症細胞社会において、「転写因子制御による量的制御」と「脂肪酸組成による質的制御」を組み合わせた新しい脂質代謝を科学することで、脂肪の量と質という社会的関心が高い課題に取り組み、長寿社会の主病態:慢性炎症、線維化、がんの新規予防戦略を発信したいと考えます。

  • メタボ病態(肝臓、腸、動脈硬化における脂質蓄積)における炎症・線維化に対するSREBP-1/CREBH/Elovl6脂質制御トライアングルの重要性の検証とメカニズム解明
  • メタボ病態における炎症線維化の予防に対する有効な具体的臓器脂質の質の特定(治療標的と病態指標)
  • 筋線維芽細胞およびmyofibroblastにおける脂質代謝、脂肪滴の脂肪酸解析(松島班との共同研究)

A02 環境因子による制御と分子標的予防の確立

環境ストレスによる生体応答、エピゲノムとプロテオーム解析

研究代表者
大迫 誠一郎
東京大学 大学院医学系研究科 健康環境医工学部門 准教授

研究分担者

  • 市原 学(東京理科大学 薬学部薬学科 市原研究室 教授)
  • 藤渕 航(京都大学 iPS細胞研究所 増殖分化機構研究部門 藤渕研究室 教授)

慢性炎症は様々な環境ストレスによって引き起こされる病態の一つで、親電子性物質と呼ばれる環境中のメチル水銀やアクリルアミドなどの化学物質の曝露も環境ストレスに含まれます。今日、環境汚染物質や産業化学物質は、極微量でも摂取してしまうと、発がんだけではなく、中枢神経系の異常を来たし、認知障害につながる恐れがあるとされていますが、詳細な病態発生機序はほとんど明らかにされていません。中枢神経系の慢性炎症はその機構に深く関係している可能性があります。私たちは、親電子性物質による認知障害のメカニズムとして、オートファジー不全とインフラマソームがニューロン変性に重要な役割を果たしているとの仮説を持っています。また、親電子性物質はNrf2を活性化、あるいはノルアドレナリンを抑制し、同じ経路でニューロン変性を引き起こすとも考えられます。一方、低レベルの化学物質を持続的に摂取した場合、がんになり安い体質となることが動物実験で解っていますが、このような体質変化(感受性変化)には、DNAのメチル化を中心としたエピゲノムの変化が定着してしまうことが原因です。私たちは、外来性化学物質の受容体であるAhrの活性化が、BERというDNA修復経路を用いてDNAを能動的に脱メチル化し、それが長期間エピゲノムに記憶されることを見出しています。このような、環境因子による病態進行の発症前メカニズムを解明し、未病状態の分子機構を明瞭化することは、予防医学・先制医療という観点からも極めて重要です。本研究では、近年特に重要な認知障害という病態に焦点をあて、環境ストレス応答に伴う未病状態とはどのようなものか定義し、中枢神経系の慢性炎症メカニズムの解明を行います。この目的のため、他の計画班と連携し、包括的単一細胞トランスクリプトーム(Nx1-seq)、エピゲノム解析(低コストメチロームMSD-AFLP)、プロテオーム解析を駆使して、各種オミクスデータを取得、最終的に数理統合解析による未病の予測法の開発を試みます。

炎症細胞社会の中でのRNF213変異によるかく乱と血管閉塞性病変形成の解明

研究代表者
小泉 昭夫
京都大学 大学院医学研究科 環境衛生学分野 教授

研究分担者

  • 原田 浩二(京都大学 大学院医学研究科 環境衛生学分野 准教授)
  • Shoab Youssefian(京都大学 大学院医学研究科 分子バイオサイエンス分野 教授)

もやもや病は、ウイリス動脈輪近傍動脈を必発として、全身の動脈にも頻繁に閉塞性病変が認められる動脈疾患である。我々は感受性遺伝子としてRNF213を同定し、現在まで分子メカニズムを検討してきた。その過程で、日中韓にRNF213の創始者変異である R4810Kの1500万人の未病状態のキャリアーが存在することを見出した。R4810Kは浸透率が低く(1/150)、炎症など環境要因の曝露により発病すると考えられてきたが、我々は最近環境要因が発症を誘発することを実証した。このようにRNF213は、環境要因曝露により未病から血管閉塞性病変を引き起こすが、可逆的未病状態=>初期の狭窄性病変=>成熟したもやもや病変に至る時間経過、臓器特異性および環境要因との相互作用の分子メカニズムは不明である。

本研究では、総括班に設置する炎症細胞社会解析センターと連携し包括的Single cell transcriptomeを実施する。この手法により、適応応答段階(未病状態)での種々の環境ストレスに対する遺伝子発現の発現プロファイルの変動を検出し、血管内皮細胞および血管平滑筋細胞からなる炎症の場を「炎症性細胞社会」としてとらえる。これらの成果をもとに池尾らと情報解析・3次元・4次元再構築を通じ炎症性細胞社会の細胞間相互作用の数理モデルの構築を行い、病変の進行を、時間軸と臓器特異性から理解する。モデルに基づき、種々の細胞を環境ストレスに曝露させ、R4810Kの関与する血管閉塞性病変に関わるシグナル系を試験管内に再構成するとともに、遺伝子改変動物での病変の形成を試みて分子メカニズムの解明を目指す。

多くの血管病変は、炎症を惹起する環境要因と遺伝子要因が相互作用して発症すると考えられているが、本研究によりRNF213を軸とした環境要因との相互作用が解明され、予防戦略に結び付く。本研究は動脈硬化性病変にまで広がる閉塞性病変の分子メカニズムの解明を目指すものであり環境要因の作用点を明らかにする研究として本領域研究に貢献できる。

ケミカルバイオロジーを用いた炎症性疾患に対する分子標的予防研究 計画研究

研究代表者
酒井 敏行
京都府立医科大学 大学院医学研究科 分子標的癌予防医学 教授

研究分担者

  • 早川 芳弘(富山大学 和漢医薬学総合研究所 教授)
  • 飯泉 陽介(京都府立医科大学 大学院医学研究科 分子標的癌予防医学 助教)

種々の機能性食品成分や予防薬剤は、p15、p16、p21などのCDK阻害因子の発現を誘導することにより、がん抑制遺伝子RBタンパク質を活性化型にする。その結果、がん細胞の増殖を抑制するため、がんの分子標的予防に極めて有用であると考えられている。しかし、一方ではRBの活性化は細胞老化を誘導し、その結果SASP(細胞老化関連分泌現象)を介した「炎症細胞社会の乱れ」をもたらし、逆に慢性炎症疾患の誘発やがんの増悪に寄与する恐れがある。そこで、本研究課題はSASPの誘導というRB活性化の弱点に着目した。図に示すように、SASPの誘導は、RBだけでなく、mTOR、p38、insulin、SIRT1などのNF-κB活性制御分子により制御されていることから、NF-κBを中心としたSASP誘導経路を阻害する化合物を網羅的にスクリーニングする。また、SASPを起こした細胞がNK細胞により排除されることから、NK細胞を活性化する化合物もスクリーニングする。スクリーニング方法は、first-in-classのMEK阻害剤trametinibを発見した私達独自のcell-based assay系をもとに創製する。さらに、得られたヒット化合物に直接結合する分子を、私達が用いてきたケミカルバイオロジーの手法で同定することで、ヒット化合物のSASP阻害能を担う標的分子(炎症制御標的分子)を見出す。そして、炎症制御標的分子が司る新規炎症誘導機構を解明し、それらの知見に基づく、SASP阻害物質とRB活性化物質を併用した、より効果的ながん、慢性炎症の分子予防法を開発する。

A03 炎症細胞社会情報学の確立

単一細胞シークエンスデータに基づく細胞社会学のための情報手法の開発とデータ解析

研究代表者
池尾 一穂
国立遺伝学研究所 生命情報研究センター 准教授

研究分担者

  • 渡邉 日出海(北海道大学 大学院情報科学研究科 教授)
  • 小倉 淳(長浜バイオ大学 コンピュータバイオサイエンス学科 准教授)
  • 太田 聡史(国立研究開発法人理化学研究所 筑波研究所 バイオリソースセンター 研究員)

領域A03では、本新学術領域において、データの取りまとめ、その解析方法の開発研究及びモデル構築等の情報科学を用いたアプローチ部分を担当する。
そのため、具体的には、次世代シークエンサーによる単一細胞シークエンスデータを中心に、炎症組織の構成細胞それぞれについて、データを統合する。

  1. 細胞の位置
  2. 細胞の形態等に基づく分類
  3. 生理学的情報など
  4. 転写産物相対量
  5. 時間

また、ゲノムデータ(可能であればエピゲノムデータ)も可能な限り加える。
これらの「細胞状態変数」の経時的変化(経時プロファイル)、空間的変化(空間プロファイル)を(隣接)細胞間で比較し、相関を検出する。
転写産物相対量のプロファイルが異なる細胞間で相関する遺伝子同士は細胞間で機能的に相互作用していると仮定でし、炎症組織において観察される様々な状態変化(例えば細胞外マトリクスの状態変化など)と関連づけるモデルを構築し、「場の記憶」を細胞ならびに細胞集団の状態変化として記述することを目指し、この過程を経て、「場の記憶」を理解することを目的とする。