領域代表挨拶

松島綱治
東京大学 大学院医学系研究科
分子予防医学分野
(現:東京理科大学 生命医学研究所 炎症・免疫難病制御部門)
この度は“予防を科学する炎症細胞社会学”を新学術領域研究として採択いただき関係各位に心からお礼を申し上げます。
がんや生活習慣病などの日本人の主な疾病、死因は、総じて慢性炎症ならびにその終末像である線維化に関連しています。これらの疾患の未病状態をとらえ、病気の進展機序を解明し、自然科学的evidenceに基づく予防をはかることは、国民の健康を守り増進するという点で、社会的にも重要かつ喫緊の課題です。既存の慢性疾患に対する治療の多くは根治をもたらさず、また近年開発された分子標的治療薬、抗体医薬等は一部の疾患に絶大な臨床効果を示す一方で非常に高価であり、現時点で40兆円にものぼる医療費をさらに増加させ、保険制度、医療経済を圧迫しています。このような社会的、医療経済的な要求に対して解決策を提供するために、私のこれまでの炎症、免疫、サイトカイン、環境・予防医学研究の学会、研究会活動の中で意気投合した研究者とともに本研究領域を提案させていただきました。本研究領域で開拓する“炎症細胞社会学”は、炎症の場を細胞種(組織構成細胞と浸潤免疫細胞)や活性状態の異なる1細胞同士の細胞間相互作用として捉え、疾患の発症過程=炎症細胞社会の変遷を理解し、疾患の予防制御をはかるという新しい学問領域です。
生命科学研究を基盤として統合的に慢性炎症性疾患の予防を研究する大型研究プロジェクトは国内外を問わず初めての試みではないかと思います。炎症・免疫学を専門としながらも社会医学分野に身を置き、臨床医学研究者とも密な関係を持つ私を領域代表者として、“炎症細胞社会”という新規概念のもと環境ストレス、ゲノム社会予防医学、脂質代謝生化学、循環器・肝臓・腎臓臨床医学、分子標的予防医学、情報科学を専門とする研究者を計画代表・班員として結集いたしました。本プロジェクトの遂行は、分野間の有機的連携を産みだし、ストレス応答や疾患に新たな概念をもたらすものと期待しています。包括的1細胞遺伝子発現解析技術の発生学、神経学、免疫学、がん研究などへの応用は世界的にも始まったばかりであります。領域研究者の橋本が開発した独自の包括的1細胞遺伝子発現解析技術を本領域研究の基盤技術として、情報科学技術との連携により単一細胞から観た炎症細胞情報科学を創成し、予防医学に発展させることは非常に時宜を得た、且つ重要な課題であると思っております。時間・空間軸を持った炎症細胞社会の変遷のシミュレーションモデル化は、 従来の計算生物学の範疇を超えた試みです。人間社会学、数理社会学、生態学、情報社会学の研究者と連携し、ソーシャルネットワーク解析を応用して発展させることで、炎症学、予防医学、情報科学を統合した全く新しい学問“予防を科学する炎症細胞社会学”の開拓に繋がるものと大きな期待を持っております。
平成30年度以降、計画班とは異なった観点から炎症細胞社会学を推進する研究者、とりわけ独創性に富む挑戦的なテーマに挑む若手研究者の参加を公募いたします。炎症細胞社会学の具現化に向けて、総括班のもとに炎症細胞社会解析センターを設置し、包括的1細胞遺伝子発現解析支援を行います。計画班・公募班の潜在能力を引き出すべく、総括班を中心に情報、バイオリソース、解析手法を共有し、多角的な視点で炎症細胞社会を解明するための共同研究を進めます。そのため、毎年行う班会議、公開シンポジウムやワークショップを中心に参加メンバーの交流や情報共有を進め、炎症細胞社会学を深化する共同研究を模索します。
計画研究代表・班員とともに目標達成に向けて邁進いたしますので、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。
2017年8月
東京大学 大学院医学系研究科 分子予防医学分野 松島 綱治
(現:東京理科大学 生命医学研究所 炎症・免疫難病制御部門)